白鳥映雪館(概要)

小諸が生んだ日本芸術院会員 白鳥映雪画伯

白鳥映雪画伯の写真

-白鳥映雪画伯-

 日本画壇において、繊細な美を探求しつづける画伯は、「美人画」で一世を風靡した師で伊東深水の流れを汲み、数多くの秀作を発表してきました。

白鳥映雪館は、画伯の作品を常設展示しており、随時作品の展示替えを行っています。

タイトル 《生家》

昭和18年

文展出品作

22212×106(センチメートル)

生家

 第二次世界大戦中、海軍の砲術学校を卒業して少尉に任官し、ミッドウェー海戦に出陣する前に一時生家に帰省した青年の凛々しい姿を、弟をモデルに制作した作品である。

 文展(現在の日展)に初入選した画伯にとっては記念となる作品。

タイトル《 立秋》

昭和25年

日展出品作

22187×212(センチメートル)

 立秋

 日展の特選初受賞の作品。

 戦後間もない日本橋のビルの屋上から、焼け残った建物を背景におき、夕空を見る、それぞれ異なる衣裳をまとった三人の女性を描いている。

タイトル 《菊慈童》

平成5年

日展出品作

240×165
(センチメートル)

《菊慈童》

 中国の古典に取材した能楽の舞台を描いた作品。

 恩賜賞・日本芸術院賞受賞作品。

 菊の葉の露を飲み700歳まで若さを保った慈童を演じるシテを淡い色調で仕上げている。

 恩賜賞は、天皇陛下から授けられる賞である。
白鳥映雪の略年譜

1912年

0歳 現小諸市滝原に生まれる。
本名は久寿男。幼少にして両親を亡くす。

1919年

7歳 大里小学校入学。

1932年

20歳 家族の反対を押し切って上京し、伊東深水の門に入る。
困難な生活苦を経ながら、画業に専念。

1933年

21歳 東京蒲田の平田歯科の助手となる。

1938年

26歳 大森の池田歯科に移り、夜間川端画学校に学ぶ。

1943年

31歳 第6回文展に「生家」が初入選する。

1950年

38年 日展で「立秋」が特選となる。

1957年

45歳 日展で「ボンゴ」が二回目の特選となる。

1965年

53歳 日展会員となる。

1980年

68歳 長女美映子死去。

1982年

70歳 日展評議員となる。

1986年

74歳 日展で「寂照」が内閣総理大臣賞受賞。

1989年

77歳 長野冬季オリンピック招致にあたり、サマランチ会長に画伯の「舞妓」が長野市長より贈呈。

1995年

83歳 日展参事となる。勲四等旭日小授章を受章。市立小諸高原美術館・白鳥映雪館設立につき作品を195点寄贈。

1997年

85歳 日本芸術院会員に推挙される。

1998年

86歳 小諸名誉市民に推挙される。
2003年 91歳 勲三等瑞宝章受章。
2007年 95歳 逝去

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更新日:2019年04月22日