三之門袖塀災害復旧工事

崩落した袖塀と石垣

 

令和2年7月8日、未明の暴風雨が引き金となり、小諸城三之門の袖塀が土台の石垣ごと崩落しました。

これは記録を見る限り、寛保2年(1742)の「戌の満水」で三之門と袖塀が流されて以来の大被害です。

所有者である懐古神社は被災前の三之門を甦らせるため、国庫補助を受けて令和3年度より復旧工事に着手しました。

小諸市は、三之門が国の重要文化財であること、また、国庫補助事業であることから、本事業の指導助言、発掘調査業務などで協力しています。

 

 

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被災前の三之門袖塀と土台の石垣

撮影日:2018年6月18日

復旧工事では、被災前の姿に戻すことが目標となります。ただし、2度と崩れることがないように、内部は現代技術を用いて、強固に補強します。

 

 

 

復旧工事の様子

小諸市は所有者の委託を受け、復旧工事にあたり石垣の発掘調査を実施しました。その成果報告に合わせて、復旧工事の様子をお伝えします。

 

なお、発掘調査成果は下段に掲示してあります。

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片付け

撮影日:2020年9月7日

まずは崩落した塀の部材と石材の片付けから始めます。

塀は状態や構造を記録しながら解体していきます。

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塀の墨書

撮影日:2020年9月7日

塀の部材に墨書が確認できます。

銘:「三之御門御用木四寸角」

 

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塀の解体と石材の番付

撮影日:2021年8月19日

しっかりと復元するために、残存する塀や、石垣の一部(崩落した石材と接する部分)を、いったん取り外します。

塀は、位置や内部構造を記録しながら丁寧に解体していきます。石材は再び元の位置に戻せるようナンバリングして、原位置を記録しておきます。

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鉄砲狭間の小舞の様子

撮影日:2021年8月5日

崩れ落ちなかった塀の壁土を除去したところ。丸い穴は、鉄砲狭間。

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欅の伐根

撮影日:2021年8月23日

この欅は明治以降に植えられたものです。数年前に伐採し、切り株になっておりましたが、残った根が石垣を歪ませてしまっていたので、復旧工事に合わせて完全に除去しました。

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石材の解体

撮影日:2021年9月1日

ナンバリングをした石材を1個1個、外していきます。これに合わせて裏込めに当時の陶磁器などが混ざっていないか、注意深く観察します。

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栗石の回収

撮影日:2021年9月1日

石垣の裏側に入れてある栗石ひとつひとつも文化財であり、後で利用することもあるため、回収します。

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石材の保管

撮影日:2022年2月21日

外した石材は大量なので、別の場所に仮置きします。石垣の石材は一つ一つが人の手が加わった文化財ですので、洗浄したうえ、法量や状態を記録します。

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石垣積み上げ開始

撮影日:2022年10月3日

2022年10月3日(月曜)、晴天。本日より崩れた石垣を積み始めます。

10月中完成の予定で進めます。

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石材位置のチェック

撮影日:2022年10月3日

幸運にも崩れる前に石垣写真測量図面を作成していましたので、これを基に崩れた石材の原位置を確認して元の位置に戻していきます。

ただ、図面を作成した時にはすでに孕み出ており、石材同士に隙間が生じています。

孕みや隙間は修正し、健全な状態に復元します。

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崩落前の石垣写真測量図面

撮影日:2022年10月3日

 

 

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積まれるのを待つ石材たち

撮影日:2022年10月11日

石材管理置き場から持ってこられた石は、石垣のそばでいったん待機します。

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作業の風景

撮影日:2022年10月11日

クレーンで石材を慎重に定位置へと運び、介石を入れて、しっかりと据えていきます。

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途中経過

撮影日:2022年10月11日

中段ほどまで積みあがりました。

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石材に付けられた番号

撮影日:2022年10月12日

石材は1点ごと番号で管理しており、表面にシールを張り付けて番号を記入しています。

番号シールの文字色の違い:

黒文字は、元々あった石。赤文字は、元の石が使えなかったため、元の石そっくりに加工した新しい石。番号がない石は、完全に新しい石。

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石垣復旧完了

撮影日:2022年11月15日

石垣の積み直し工事が完了しました。

続いて、袖塀の復旧工事に移ります。

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袖塀復旧工事

撮影日:2022年11月15日

袖塀復旧工事の様子です。先ほどまで職人さんが居られました。塀の骨組みが組み上がりつつあります。

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小舞を編む

撮影日:2022年11月30日

骨組みが組み上がったら、竹とヨシで土壁の下地となる小舞を編んでいきます。

 

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小舞の材料

撮影日:2022年11月30日

小舞の材料となる小竹とヨシ。

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鉄砲狭間の下地

撮影日:2022年11月30日

崩落したときにレスキューした当時の鉄砲狭間の下地。

薄い板と縄を用いて成型しています。状態が良いので、再利用できるかもしれません。

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袖塀の壁塗り開始

撮影日:2023年4月10日

復旧工事を再開しました。

壁塗りは施工中に凍みてしまうと駄目になってしまうので、暖かくなるのを待っての再開です。

まずは荒壁を塗り込み乾燥させたのち、中塗り、仕上げと進みます。

完成予定は今年の秋!お楽しみに。

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乾燥中の荒壁の様子

撮影日:2023年4月10日

漆喰上塗り

漆喰上塗り

撮影日:2023年8月下旬

 

荒壁の乾燥を待って、7月に中塗り→8月に漆喰上塗りを行いました。

漆喰は、石灰に海藻のり、スサを混ぜた伝統的なもの。完成まであと少し!

ついに完成!!

三之門竣工

撮影日:2023年9月30日

令和2年7月8日の被災から3年2か月を経てついに完成。

被災前の美しい姿を取り戻しました。

また、2度と崩れることのないように内部に様々な現代技術を取り入れ、以前よりも耐震性・耐水性にも優れた石垣土台となっています。

三之門崩落直後

被災直後の三之門南側袖塀の様子

災害復旧工事後の三之門南側袖塀

三之門竣工式

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撮影日:2023年10月29日

災害復旧工事に伴う発掘調査の成果

石垣が二度と崩れることがないよう強固に積み直すには、埋まっている根石や石垣を据えている地盤の状態も確認し、場合によっては修復する必要があります。

そこで発掘調査により根石と石垣の地盤を確認し、記録を作成しました。

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水路撤去

撮影日:2021年9月21日

根石を掘り起こすため、まずは石垣に張り付くように敷設されていたコンクリート水路を外します。

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掘削開始

撮影日:2021年12月9日

人力で石垣を掘り起こしていきます。

この時は石が埋まっているにしても、せいぜい1個くらいと思っていました。

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水路の下に水路を発見

撮影日:2021年12月15日

最初に外したコンクリート水路の下に、さらにもう一つ、コンクリート水路が敷設されていました。

 

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掘り起こし完了

撮影日:2121年12月22日

結局、石は3段から4段埋まっており、深さは110cmに達しました。

ただし、江戸時代からこれほどの深さまで埋めていたのではなく、コンクリート水路が2段敷設されていたことによります。

コンクリート水路の敷設工事は、江戸時代の根石を埋めていた土も浸食していました。

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根石

撮影日:2021年12月22日

根石の石材は、自然石をほぼそのまま使用する野面積で、上の石垣より古い工法で積まれています。

しかも最下部は10cmほど飛び出ていました。

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石垣を据える地盤の様子

撮影日:2021年12月22日

不同沈下を防ぐため、石垣を据える地盤は土や石を用いて硬く固めていました。

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地上型三次元レーザースキャナ

測量記録

撮影日:2021年12月23日

記録対象の構造物が大きく高さもあるので、新日本航業株式会社(市内)に依頼し、地上型三次元レーザースキャナやドローンなどを用いて、三次元測量を実施しました。

復旧工事に伴う調査で明らかになった石垣の内部(三次元測量の成果)

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三之門袖塀の石垣は地盤を石と土でしっかりと固め、少ないながらも栗石を入れて積んでいます。石垣の背面基盤は盛土ではなく、約1万5千年前の火砕流堆積物をそのまま利用しています。

更新日:2023年10月31日