第20回小諸・藤村文学賞 高校生の部最優秀賞
私にしか出来ないこと
富山県立高岡西高等学校一年 荻野 晴
「ねえ、どこを見ているの?」
この言葉が私の心を傷つけた。
「ああ、ごめん。ボーッとしていた」
「ちゃんと聞いてよね」
「ごめん、ごめん」
精一杯の愛想笑いを浮かべて、私は言う。それから私がその子の目を見て話すことはない。顔をあげることが出来ないからだ。あなたは、不思議に思っただろう。「どうして」と。それは、私がその子を見て話を聞いていたからだ。私はそのつもりだったからだ。しかし、私の目は、見ていなかった。私は、生まれた時から斜視だった。斜視とは、簡単に言うと両目でものが見れず、片目で見てしまうことのことで、使っていない方の片目がどこかに行ってしまうのである。だから、他人から見れば、どこを見ているのか分からないのだ。これは、自分では今なっているのか、なっていないのか分からない。私は、もの心ついたぐらいからこれに悩んだ。鏡を見て焦点の合っていない自分に、幾度となく嫌悪感を抱いた。自分が大嫌いだった。そして、そのうち、こう考えるようになった。きっとこんな目をした私のことを、みんな気持ち悪いと思っているのだろうと。その頃からだ。私が愛想笑いで誤魔かすようになったのは。人に話を合わせて、真剣に聞いている振りをした。もちろん、顔は上げずに。人に嫌われないことだけを考えた。
そんなある日、私は、私が斜視であることを知っている子に聞いてみた。
「私の斜視って、気持ち悪い?」
「全然。晴は晴でしょ。私は、晴のこと好きだよ」
その子は言った。私は、その言葉を信じられなかった。考えてみれば、本人の前で気持ち悪いなんて言えるはずがないのだ。なぐさめてくれているのだ。そして、急に自分が情けなくなった。きっと私は、この返事が返ってくることを分かっていた。自分が少しでも救われるために聞いたのだ。自分のため息を聞いた。
その子と二人で出かけた時のこと。三人ぐらいの派手な女の子が、大きな声で何かを話していた。
「あの人、義足じゃない。かわいそう」
「本当だ。あれで、何でスカート履いてるの?」
「うちら、あんな足じゃなくて良かったね」
「ねー」
女の子達の目の先は、スカートを履いた片足が義足の女性が立っていた。私は感じた。人とはこんなに残酷な生き物なのかと。
その子が怒りをあらわにして、女の子達に何かを言おうとした瞬間、力強い別の声が聞こえていた。
「私は、あなた達に、哀れに思われる理由はありません。この足も、私の一部なんです。あなた方もスカート履いてますよね。それと私、何か違いますか。」
女の子達は、この女性に圧倒されて、そそくさと帰っていった。友達は、女の子達に文句を言うために開けた大きな口で、こう言った。
「強い人だね。」
そして続けた。
「晴、あんたも強くなりなよ。晴が気にしているほど、目は気にならない。私は、あんたの愛想笑いの方が気になる。無理に笑わなくても良いんだよ。目のせいにして、人に壁を作るの、止めなよ。私は、昔のあんたが好きだよ。」
私が目のせいにしている?そうかもしれない。私が人と関わらないのも、上手く心を開けないのも、全部そのせいにしてきた。どうして今まで気づかなかった。心から本来の私を、好きだと言ってくれる人がいる。偽者の自分を好きな人が、何百人いたとしても勝る存在。それを手にしているのだ。私は、強くなりたい。
「晴の目も、晴なんだよ。私の好きな晴の一部なんだよ。」
「ありがとう。本当にありがとう。」
私は、友達の目を見て言った。友達は笑った。
「晴だね。」
笑いたいのに、涙があふれ出た。私の目から流れる涙は、温かかった。
みなさんは、自分に出来ることは周りも出来るものだと、決め付けてはいないか。自分に出来ることがやりたくても出来ない人が、必ずいることを知って欲しい。障害がある人を馬鹿にしたり、見下したり、優越感に浸る人もいるだろう。人間である限り、そんな弱い自分に出会うこともあるはずだ。でも、それに負けてはいけない。人を傷つけて得る喜びは、幸せにはつながらない。だから、勝てばいい話だ。勝って自分を強くして欲しい。
私は、今は斜視で良かったと思う。3Dが見えないなど多少の弱点はあるが、それに勝る良いことがある。それは、人より少し障害を持つ人の気持ちを理解できることだ。これは、私以外は分からない。私のような悩みを持っている人も多いだろう。私はその人達の気持ちが良く分かる。想像だけでは、理解しがたいものである。私は、この経験を生かして、障害を持つ人の心を少しでも明るく出来るような人間になりたい。
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更新日:2019年03月28日