藤村記念館だより15

公開日 2014年03月21日

最終更新日 2017年10月05日

<藤村の『三智』の出典は何ですか?>古希出版記念 藤村の歩める道

 藤村記念館には藤村の『三智』(「人の世に三智がある 学んで得る智 人と交わって得る智 みづからの体験によって得る智がそれである」)の色紙が展示してあります。これは、藤村の出身地である長野県木曽郡の大桑中学校にある石碑の拓本を印刷したものです。

 その出典をよく聞かれますが、調べたところ、藤村に師事した作家で染色家である山崎斌著の評伝『古希祈念出版 藤村の歩める道』(春陽堂刊,昭和17年3月発行)の口絵に藤村自筆の書で載せられたものから引用されたものであることがわかりました。藤村が亡くなる一年半ほど前になります。

写真のように全体の文章は、

 「人の世に三智がある 学んで得る智、人と交わって得る智、みづからの体験藤村の三智 「藤村の歩める道」口絵写真によって得る智がそれである。さういふ自分は今日に行き詰っているばかりでなく、出発のそもそもからすでに行き詰っていた。でも、歩いて出るたびに道が開けた。地に触れるたびに活き返った。島崎生」 となっています。

  『三智』の部分はよく引き合いに出されますが、後半の部分はあまり知られていません。しかし、味わいのある言葉だと思います。「人間 藤村」が浮かび上がってきます。行き詰まってばかりの自分だが、自ら学び、その地その地の人々と交わり、実際に行動して体験から学ぶ。自分を変革しようとして自ら行動することによって新しい世界を開いてきた。小諸時代の藤村は、まさにこの言葉そのものの生活を送っていたように思えます。

 他に藤村の言葉の出典を聞かれるものに、川村吾蔵作の「島崎藤村像」の背面に刻まれている、『東に起き 西にのぞみ 南におり 北におもう』があります。展示室の狭川村吾蔵作 「島崎藤村像」い背面にまで目を向ける方は稀なのですが、よほど藤村に関心がある方のようです。      

 この言葉の出典は、『藤村少女読本』(全五巻,島崎藤村原作・校閲,山崎斌編,研究社,昭和7年)の第一巻の扉に載っているものです。

 巻末の編者の言葉では、「この言葉は原作者、島崎藤村先生がこの読本の第一巻第一頁のために選ばれた言葉で、これは先生の朝夕のこころであります。私はいま、この読本を編むにあたり、即ちそのこころに従って致したのであります。」とあります。

この藤村像は藤村の死後完成したものですが、生前にこの像に刻むために書いたもののように思われます。(芦)