藤村記念館だより8

公開日 2014年03月21日

最終更新日 2017年10月05日

<カナダに渡った小諸義塾卒業生>

 小諸義塾で学んだ生徒の中には、外国へ渡り活躍した人が数多くいます。その中の一人

の小諸義塾卒業生について最近明らかになったことをお話いたします。

 明治43(1910)年3月4日午後5時頃、カナダ西部ブリティッシュ・コロンビア

州レベルストーク近郊グレーシャー国立公園内にあるロジャース・パスという峠で大規模

な雪崩が発生。多くの鉄道労働者が、カナダ太平洋鉄道(CPR)の線路上に堆積した雪

塊の除雪作業にあたっていた。その後、午後11時頃に発生した大雪崩によって58名の

尊い命が奪われるという二次災害が起きた。これまで犠牲者の詳細は不明であったが、関

係者・研究者の努力によって、そのうちの32人が日本人であったことが明らかになりま

した。そして、「専務」として日本人労阿部正虎(右)・阿部孝之兄弟(栄之助弟) 明治43年2月28日撮影働者のまとめ役をしていたのが、小諸義塾出身の

『阿部正虎』氏でした。阿部氏もその雪崩事故の犠牲者の一人

だったのです。雪崩発生後の葬儀は白人犠牲者だけのために行

なわれたという。しかし関係者の努力によって雪崩災害から1

00年目の昨年(2010年)3月4日、雪崩事故で亡くなっ

た58人すべての犠牲者を追悼する初の合同慰霊祭が現地で執

り行なわれました。

阿部正虎氏は小県郡滋野村別府(現東御市別府)の生まれ

で、明治32年小諸義塾入学、同35年3月卒業。しばらく

家業(蚕種業)の手伝いをしていたが、明治40(1907)年カナダに渡る。

 渡加の経緯は、移民史を研究されている立命館大学の河原典史准教授やカナダ在住で

雪崩予報官をしている藤村知明氏の精力的な調査・研究によって次第に明らかにされて

きています。正虎氏渡加の一年前に弟の孝之氏が学生として渡加していて、その手引き

であったらしいが詳細は不明です。藤村知明氏から藤村記念館への問い合わせにより、

初めて小諸義塾卒業生の阿部氏がカナダに渡っていたことがわかりました。(もっとも

東御市の阿部氏の実家では周知の事実で語り継がれていましたが、公表はされていませ

んでした)

藤村と長野師範生(明治34年)前列中央藤村、右阿部栄之助

阿部正虎氏の兄は、「千曲川のスケ

ッチ」の「中棚」に登場する『夏休

みを応用して、本を読みに私の家に

通っている』師範校の学生の一人A

(小諸義塾出身の阿部栄之助氏)で

あることも分かりました。長野師範

生であった栄之助氏は、明治34年

の夏、高等師範受験のため苦手な英

語を克服すべく藤村の指導を受けていたということです。(芦)