第19回小諸・藤村文学賞 高校生の部最優秀賞

公開日 2013年08月06日

最終更新日 2013年08月06日

大切なもの

東京学芸大学附属高等学校二年

新屋 和花

 “馬鈴薯の うす紫の 花に降る 雨を思へり 都の雨に”

 石川啄木の短歌である。啄木らしい、故郷を思う歌だ。私は、中学校のときにこの歌を知った。図書館で、国語の宿題のための本を探していたとき、たまたま啄木の歌集をめくり、この歌に出会ったのだ。

 私はすぐさま、自分の家の前に育つじゃがいもを思いだした。私の家は、市民菜園の前に建っていたのである。そのため、いろいろな野菜が育つ様子を見ることができたし、その中にはもちろんじゃがいもも入っていた。

 じゃがいもの花は、薄紫のすきとおった花びらをしていて、とても綺麗である。そして、もとは観賞用であり、かのマリー・アントワネットも、その花を髪飾りにした、と言われている。……このような知識は、自分で調べたものもあるけれど、大半は菜園に来る、おじさん、おばさんから教えてもらったものだ。他にも、野菜の収穫の時期はいつぐらいか、上手に育てるにはどうすればいいか、など、沢山のことを教えてもらった。

 実際に、その知識は学校でも役に立った。小学校のクラスで、じゃがいもを育てたときのことだ。イモに栄養が集中するように、余分な茎や葉を取り除く「芽かき」をしたり、花の後にできるトマトのような実を摘んだりしなければいけない、ということを皆に伝えて、実際にやってみたところ、とても美味しいじゃがいもができたのだった。電子レンジで温めたじゃがいもに、バターを乗せて皆で食べたときの美味しさは、今でも忘れることができない。

 それにしても、とれたての野菜、というのは美味しい。ときどき菜園のおじさん、おばさんから、おすそわけがあって、それを味わうことができた。緑が少ない、と言われる東京で、幸せなことだったと思う。

 菜園に来る人は、今まで述べてきたように、おじさん、おばさんが多かった。朝早く、五時頃から来ている方もたくさんいた。私が学校に出かける頃には、顔見知りのおじさん、おばさんがもうすでに畑で作業していて、おはようございます、と挨拶すると、いってらっしゃい、と言ってくれたりしたものである。一方で、休日になると、幼稚園ぐらいの子たちが駆けまわったりもしていた。おじさん、おばさんたちのお子さんやお孫さん、そして近所の子供たちである。

 春には、えんどう豆の蔓(つる)が巻きついたアーチを潜り抜け、菜の花の鮮やかな黄色の花を発見し、蝶を追いかけて走り出す。夏は、きゅうりやトマトを畑の人にもらい、さといもの大きなハート形の葉を傘代わりに探検をし、蜻蛉(とんぼ)や蝉を捕まえに虫網をふりまわす。秋になれば、さつまいもやにんじんの収穫を嬉々として手伝い、土にまみれて大笑いする。冬は、畑も少しさびしくなるが、朝、寒いと言いながら、霜柱をさくさくと踏んで、登校していく。

 これらはすべて、私が近所の友達とやってきたことであり、それは私より年上の人たちも、年下の人たちも、変わらずしていたことだった。

 しかし、今年の春、菜園に家が建つことになった。小さなときから親しんだ場所、それがなくなってしまうのは、悲しく、辛いことだった。そんな私の思いとは裏腹に、三月には、畑の畝はみな均されてしまい、私たちの目の前には、まっさらな土地が広がった。何も生えていない菜園は、残らず誰かに大切なものを攫(さら)われていってしまったかのように、寒々しく私の目には映った。だが、植物たちは、私が思っていたほど、弱くはなかった。

 雨が降ったあとに、地中に残っていた種や根から、芽が出てきたのだ。レタスやいちごやアスパラガス・・・。すみれやなずな等の野の草も顔を出した。本当の畑には及ばないけれど、まだ寒さの残る春風の中に、しゃんと立っているその姿は、とても頼もしく見えた。

 そのうちに、生えてきた植物たちを、畑をやっていた人たちや、近所の人たちが、少しずつ家に持ち帰り始めた。私もスコップを持って、菜園の小さな一部である植物たちをもらいにいき、自分の庭に植えた。そのとき、唐突に気づいたことがある。それは、菜園はなくなってしまっても、思い出や教えてもらったことがなくなるわけではなく、それは私の大切な一部として在りつづけるということだった。

 きっと、私は初夏に雨が降るたびに、じゃがいものすきとおった花びらを思い出すのだろうと思う。きっと、庭先に生えるすみれの花が咲くたびに、アスパラガスの新芽が出るたびに、畑のことを思い出すのだ。あるいは、スーパーや八百屋さんで、たまたま通りかかったお宅のプランターの前で。いろいろな場所で、いろいろな時に、その大切な思い出を、思い浮かべるのだろう。

 菜園の跡地は今、綺麗な家がたくさん建って、引っ越しを計画している人たちが見に来たりしている。私はそれを眺めながら、いい人たちが引っ越してきてくれて、仲良くできればいいな、と思っている。

(東京都小平市)

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