第19回小諸・藤村文学賞 中校生の部最優秀賞

公開日 2013年08月06日

最終更新日 2013年08月06日

老後の祖父母の安全で快適な生活

駿台甲府学園駿台甲府中学校三年

堀内 祐輔

 僕には、八十三歳になる祖母がいます。母の実母にあたる人で、僕の家と同じ敷地に建つ大きな日本家屋に、祖父と二人で穏やかに、一見静かに、時どき人騒がせな事件も起こしつつ仲良く暮らしています。

 僕が小学校に通っていた頃の祖母は、礼儀を重んじる、とても厳格な人でした。普段からヘラヘラしている僕の母親の実母である事が疑わしいほどキチンとしていて、地区でも役員を務め、テキパキと物事を進めていく才のある人でした。

 そんなある日、祖父が僕たち家族を緊急召集したのです。議題は「今後の祖父母宅の安全で快適な生活について」です。

 その会合の中、祖母の病名が認知症であることが発表されました。祖父母の家の食事を誰が作るのか。祖母の通院には誰が付き添うのか。とメガビックリ級の議題が続いたのですが、僕にしてみるとどこかのテレビドラマのストーリーのようで現実味も無く、まさかその日を境に、祖父母達を核にして僕たち家族の生活が台風の渦に巻き込まれていくなんて夢にも思っていなかったのです。

 こんなキッカケで祖父母達と僕ら家族のどこかしらかみ合わない毎日が始まりました。祖母が僕を兄の名前で呼ぶようになり、母の事ばかり探して「ママは?ママは?」とだれかれとなく尋ねるようになりました。まさかの「母独り占め状態」に突入したのです。

 祖父母の食事は母が一手に引受ける事になりました。祖父母宅のこまごました用事も、祖母の通院も、すべてが母の小さい双肩にかかるようになりました。母は、父や僕たち兄弟を仕事や学校に送り出し、自宅を片付けた後は五メートルの道のりを乗り越え祖父母宅に通い「祖父母の安全で快適な生活」をサポートするようになりました。

 僕たち家族のお弁当作りも、あきらかな時間短縮作戦が遂行され、以前はキチンと洗濯され箪笥の中に帰っていた洗濯物達も、洗濯されて小山になった中から、各自で箪笥に格納しなければならなくなりました。僕のジーンズが大捜索の挙句、兄の箪笥から発見され、どう見ても規格外の父のでっかいシャツが僕の下着箪笥から発掘されたりするようになっていったのです。何もかもが少しずつ少しだけズレ始めて行きました。

 そんな状況になってもまだ母はニコニコ笑顔のままで、ただ口癖が「分身の術が使えたら便利だねぇ」になっただけでした。

 母はひたすらクルクル働き僕らは急に「強制的自立した生活」に突入し「理不尽な気持ち」は日々蓄積されて行きました。

 ある日、僕の通学用靴下が見つからず、そんなささやかな起爆剤で僕の日ごろの不満が大爆発を起こしたのです。僕は仁王立ちで腰に手を当てて叫びました。

「なぜバアちゃんは、僕をお兄ちゃんの名前で呼ぶのか」

「昔の話ばかり繰り返すバアちゃんの間違いを何故誰も教え正してあげないのか」

 いちばん最後に、情けなさと怒りを込めて「何故うちの家族がバアちゃんのわがままに巻き込まれなければならないんだ」と。

 すると母は珍しく真剣な表情で、こんなふうに話を始めたのです。

「祐輔さぁ、納得出来ないのも無理もないと思うけれど。お母さんは、おバアちゃんに少しでも沢山笑ってもらいたいんだ。バアちゃんは多分…出発する準備を始めたんだと思うよ。人間はいつかお空に帰るよね。お母さんもアンタも何時かはお空に帰るんだよ」

 普段ふざけてばかりいる母が急に真剣に静かに話だしたので僕は用意しておいた反抗的な言葉の迎撃爆弾も発射出来ないで口を開けたまま黙り込んでしまいました。

「でもね、お空に帰る時、人は何も持って行けないんだよ。この世界から何にも持って帰れないんだよ。お金も気に入った洋服も写真も何もお空には持っては行けないんだよ」

 そこで母は、近くを通り掛かった無邪気な飼い猫をわしづかみにし膝に抱えると

「ただね思い出だけはいくらでも持っていけるでしょう?だから母ちゃんは君たち兄弟が小さかった頃の話やバアちゃんが楽しかった時の話をうーんと繰り返し話して思い出のカバンに詰めてあげようと思うんだよ」

「バアちゃんはもうすぐ居なくなる。その時になって後悔したくないんだよ。だから今は家族みんなでブンブン振り回されてみようよ。祐輔頼むよ。頼む。バアちゃんは母ちゃんのお母さんなんだよ…」

 母は下を向いて飼い猫をワッシワッシと撫でていたけれど飼い猫の毛皮の上に母の涙がポタポタ流れているのが見えました。

 母は卑怯だと思います。卑怯で無謀で、いいかげんで、でたらめで、でもやっぱり一生懸命なんだと思います。ニコニコ笑顔の裏側でギリギリ頑張っていたんだと思います。

 僕が謙虚に思いやりを持って事を収めたおかげで、今も僕の家族は祖父母の都合にブンブン振り回されながら生活をしています。

 でも、父も僕達兄弟も少しずつ家事全般がこなせるようになって洗濯物も各自の箪笥に無事に帰れるようになりました。

 家庭科の調理実習では先生から「際立った手際の良さ」と誉めて頂きました。

 母は今日もクルクル働き、祖母ちゃんに僕らの話を繰り返し聞かせては、一緒になってゲラゲラ笑い、思い出のカバンとやらに僕ら兄弟の失敗談や成長ぶりを少しでもたくさん詰め込もうとしているようです。

 母ちゃん、バアちゃんのカバン…持ちきれない位の思い出で、でっかくなると良いね。

(山梨県甲府市)

(無断転載を禁ず)

 

お問い合わせ

教育委員会 生涯学習課
TEL:0267-22-1700
FAX:0267-23-8857
備考:メール送信時はE-Mailアドレスの@(アットマーク)を半角@に変更してから送信ください。また、匿名のメールにはお答えできませんので、ご了承ください。