第18回小諸・藤村文学賞 高校生の部最優秀賞

公開日 2013年12月02日

最終更新日 2013年12月02日

レタス農家に生まれて

山梨県北杜市立甲陵高等学校二年

由井 夏子

  「オトウサン、オハヨーゴザイマス」。午前二時、元気な声に私は目が覚めた。お隣の家の中国実習生が出勤する時間になったのだ。トラックのエンジンがかかり、三人の実習生は出かけて行った。
 私の生まれた川上村は、生産量日本一を誇るレタスの生産地。私の家も農家で、小さい頃は住み込みのアルバイトのお兄さんが、五、六人いたように思う。私は夏に生まれたが、お母さんのお腹の中にいる時はもちろんのこと、生後一カ月にはすでに畑に連れられて、畑の隅にある小屋の中で大きくなったそうだ。保育園に行くこともなく、遊びといえば、土いじりをしたり、母のそばでレタス植えの手伝いをしたり、トラクターで作業する父の傍らに乗って、父の話し相手になったりと、そんな毎日だった。友達といえば、夏になるとやってくるアルバイトのお兄さんたちだった。
 標高千二百mにある広い畑は、四月になるとトラクターで耕され、肥料が撒かれる。その後、畑は機械で次々と尾根が立てられ、同時にマルチがかけられていく。マルチは土からの病害を防いだり、雑草対策になったりしている。また白や黒や銀といった色のものがあり、使用する時期によって使いわけている。春先、地温が低い時には保温効果のある黒いマルチを、夏の暑い時期には遮熱効果のある白いマルチを使う。機械が登場するまでマルチ張りは、人がスコップで土をかけていったため重労働で、バイトの人に嫌われる作業の一つだったらしい。もう一つ重労働といえば、レタスの種蒔きがあった。二十五cm間隔にビニールに穴があけられ、一つ一つの穴に五、六粒の種を蒔いて、その後、薄く土をかけていく。二十日ほどたったころ、一本に間引かれることになるが、腰をかがめてのこの作業はつらい。現在は、レタスの種は育苗ポットに蒔かれ、ハウスで二十日間ぐらい管理される。成長したレタスの苗は、マルチの張られた畑に一本一本丁寧に植えられる。
 種を蒔いてからおよそ六十五日で、レタスはいよいよ収穫の時期を迎える。農家の人にとって一番わくわくする時であるが、一方、人手を必要とする大変な時期でもある。出荷最盛期には、午前一時頃から投光機のもとで作業が行われる。頭にヘッドライトをつけて作業する家もあり、遠くからみれば、それはホタルの光のようだ。レタスの出荷は六月に始まり、十月頃まで続く。川上村の冬は気温がマイナス十五度以下まで下がり、農業はできない。そのため、夏の間に一年分を稼ぎ出さなければならない。出荷が始まると子供たちも忙しい。朝起きても親はいないので、自分たちで朝食を済ませ、学校に出かける。小学生の頃新聞配達をしていた兄たちは、配達を終えると洗濯物を干したり、お茶碗を洗ったりしてから学校に出かけた。
 十数年前までは求人誌で募集すれば、関東や関西、遠くは九州からも日本人の学生やフリーターが、この川上村に千人規模でアルバイトとしてやってきたそうだ。しかし、今や様子が違う。四~六人の日本人を雇っていた農家も今は二,三人の外国人実習生を受け入れているケースがほとんどだ。求人広告をだしても、日本人のアルバイトの応募はめっきり減り、また、仕事に来てもキツイといってすぐやめてしまう人たちが多いのだ。村では労働不足対策として、平成十六年から国の外国人研修制度を利用して、中国人の受け入れを始めた。初年度の四十八人から年々増え、今年は中国やフィリピンの約八百人の実習生を受け入れている。今年は、原発事故による放射能漏れを心配し、震災直後は実習生を送り出す中国側の機関や家族から断られるといったこともあったようだ。そのため、川上村が震災地から離れており津波の危険がないことや、放射線量を測定した報告書を添えて安全性をアピールし、本人や家族に説得して回った。こうして無事、今年も受け入れ可能となった。
 農家の労働力の確保として、外国人実習生の受け入れは、欠かすことのできないものとなっているのである。しかし、日本人のアルバイトが減っているばかりでない。我が家にも現在、就職活動をしている大学生の兄がいるが、農業をやろうという気持ちはないらしい。兄は毎年夏休みに帰ってきては、畑の手伝いをしていて農作業に慣れている。それにサラリーマンと違って、冬には自由な時間を持てるので、よっぽど農業の方がいいと私は思った。しかし、農業はやりたくないと兄は言った。近年、生産過剰による価格の低迷が続き、その上、地球温暖化の影響により、安定した作柄が期待できない、農業は労働に見合うだけの収入が得られるとは限らないからだ、という。
 農業に携わる日本人が減っているという現実は、日本の将来の食文化にも影響することになると思う。国産の農産物は益々少なくなり、外国からの輸入農産物に頼るようになれば、食の安全性が懸念されるばかりか、食料の確保も難しくなる。このままでいいのだろうか。もっと若い日本人が携わっていけるような、魅力のある農業にできないものだろうか。
 先日、出荷の手伝いに行った私の仕事は、安値のため廃棄するレタスを切ることだった。農協に予定出荷数量を三百ケース申告したところ、九十六ケース分を廃棄するよう指示され、出荷されることなく畑に切り捨てることになったのだ。両親が丹精込めて育てたレタスが無残に捨てられていき、私は本当に悔しかった。確かに兄が言うように、価格の問題は大きいと思う。価格の安定は、生産者だけでなく消費者にとっても助かる。日本の農業が衰退しないためにも、もっと生産者と消費者が歩み寄って、知恵を出し合っていかなければならない時に来ているように思えてならない。
 「オツカレサマデシタ」、午後六時、中国人実習生は仕事を終え、宿舎に帰って行った。遠くにいる家族を想い、今夜はどんな夢を見るのだろう。

(無断転載を禁じます)


お問い合わせ

教育委員会 生涯学習課
TEL:0267-22-1700
FAX:0267-23-8857
備考:メール送信時はE-Mailアドレスの@(アットマーク)を半角@に変更してから送信ください。また、匿名のメールにはお答えできませんので、ご了承ください。