第17回小諸・藤村文学賞 高校生の部最優秀賞

公開日 2013年12月02日

最終更新日 2013年12月02日

私と母と大阪弁

山口県立徳山高等学校二年

(はぜ)本万里野

九歳の頃、大阪弁が大嫌いだった。憎んでいたと言っても過言ではない。母の大阪弁のせいで、散々嫌な思いをしていたのだ。

生まれも育ちも山口の母は、大阪で仕事をしていたときに染みついた、大阪弁が抜けなかった。そのせいで、小学校の友人たちから、変な母親だと言われていた。関西に遊びに行くと大阪弁に拍車がかかり、山口弁の私は強い疎外感を抱いていた。

怒った時の大阪弁は、とても恐ろしかった。父はこっそりと、ママは大阪の「タチの悪いオッサンの集団」と同じだから、機嫌が悪かったら黙っていた方がよいと私に忠告し、実行していた。そのことが、母の怒りに油を注いでいたのに。

今の私なら友人達に、そうなんよ変なオバサンなんよと言える。怒る母に一歩も引かず、口喧嘩できる。しかし、当時の私にはできなかった。だから、母に大阪弁を止めてほしいと頼んだ。母は、あんた、急に山口弁止められるか?ママかて急に変わられへん。それに大阪弁は独立国やさかい、ママはバイリンガルや、と意味不明のことを言った。

しばらくして、母が大阪弁の詩集を買い、強引に読み聞かせた。大阪の話し言葉で書かれた詩を、大阪弁のイントネーションで聞く面白さ。ライブ感に夢中になった私は、何度も読んでとせがんだ。楽しいことは、単純に好きになる。大阪弁も大阪弁を話す母も、そんなに嫌ではなくなった。しかし、母の大阪弁が楽しいのは、この詩集を読んでもらう時だけ。本当は、少しずつでも山口弁に戻ってほしいと、ずっと願っていた。

母は六年前に再就職し、山口で社会人すんのは初めてや、どないなるんやろ、と言いながら出勤した。気がつくと、いつの間にか母は、普通に山口弁を話す山口のオバサンに変身していた。話す仕事じゃけえ、そりゃ~山口弁でなきゃあいけん・・・怒っても酔っても、出てくるのはベタな山口弁ばかりだった。

身勝手なもので、こうなると母の大阪弁が懐かしい。たまには大阪弁で話してと言ってみた。はあ?ありゃ~方便っちゃ。あね~に山口弁にせえ言うちょったんが、今更何言うんかね。あっちに遊びに行きゃあ、自然に大阪弁になるっちゃ、が返事だった。

今も私は、漢字に読みが付いた、平仮名の多いこの詩集を開く。

テレビで大阪と言えば、お笑い芸人と大阪弁のオバちゃん。オバちゃんのかっこつけない本音丸出しの言動や、お世辞にもセンスがよいとは言えないファッションが、興味本位に取り上げられる。笑いのネタという、製作者の視点がミエミエだ。世の中に人間は三種類、男と女とオバサン、という言葉も聞いた。この「オバサン」は、大阪のオバちゃんに代表される、厚かましくて逞しい、俺オレ詐欺には絶対に引っかからないタイプのオバさんに間違いない。

しかし、詩集の大阪弁は、そんな映像やイメージから遠く離れている。テンポも繋がりもよい、不思議な暮らしの言葉から、元気をもらえる。改まった感じのない敬語、飾らない気楽さ。「全然ダメだ」が、「さっぱりワヤや」「ちゃんとしなさい」でなく、「あんじょうしいや」大阪名物たこ焼きのように、柔らかでまあるい。商いの街と言われる大阪の生活の中で育った、コミュニケーションを円滑に進め、相手を思い遣る温かさを感じる。試しに標準語に変えてみると、トゲトゲしくて厳しい。山口弁でも微妙な感じで、大阪弁ほど面白くない。

若き日の母は、大阪人は大阪弁でないと心を開いてくれないと気付き、彼らの強烈な個性に戸惑いながら、「必死のパッチ」で大阪弁を耳コピしたと言う。上手に喋っているつもりが、「アンタ、広島の人ちゃう?」と突っ込みを入れられたり、「あっかんわ~」の連続だったらしい。そして、苦労して喋れるようになった大阪弁を娘の私が嫌がることを、「ごっつう」悩んでいたという。だからこの詩集を読み聞かせたと。ありゃあ策略ぢゃったんよ、ホントうまいこといったっちゃ~というのを聞き、耳からウロコが飛び出した。母のカメレオンぶりには落胆したが、大阪弁になったのも、山口弁に戻ったのも同じ理由。言葉はその土地で長い時間をかけて育まれ、生活に密着した歴史あるものだ。母はより良いコミュニケーションの手段として、大阪弁をかじり、山口弁に帰ってきたのだと考えられるようになった。

私は怪しい関西弁を少し話せるけれど、基本ずっと山口弁だ。卒業後は関西の大学に進学し、「もうかりまっか?」「ぼちぼちでんな」と、マーケティングを学ぶ夢を持っている。実現したら、この詩集をめぐる私と母の八年間の出来事を、もっと理解できるかも知れない。そして今度は、私自身の物語を創りたい。

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