第16回小諸・藤村文学賞 高校生の部最優秀賞

公開日 2013年12月02日

最終更新日 2013年12月02日

忘れない

福岡県柳商学園柳川高等学校三年

白 鳥 由 莉

 私は今、高校三年で腎臓の病気を持っています。この病気が発病したのは、小学二年の時でした。今から書く人は、私が入院生活の中で出会った、一生忘れることがない人のことです。

 その人と出会ったのは、入退院を繰り返している時で、私が小学三年の時でした。その人の名前は太ちゃんと言って、私より六歳年上のお兄さんでした。いつも話をしたり、ゲームをしたりしてよく遊んでいました。仲良くなって初めてわかったのが、いつも廊下で優しく声を掛けてくれる誰かのお母さんが、実は太ちゃんのお母さんだったのです。私はいっぺんに、二人がとても大好きになりました。偶然とは重なるものでしょうか、その太ちゃんのお母さんは、私の父と同級生であるということが分かり、深い繋がりを感じました。この太ちゃんとの出会いは、私にとっては、自分を変える大きな出会いでした。いつ治るかわからない病気との闘い、次から次へと病気を併発し入退院を繰り返す中、落ち込み耐えられなくなった時は、いつも太ちゃんが、私に元気と勇気を与えてくれました。太ちゃんも病気と闘っているのに、いつも笑顔で過ごしていてすごいなぁ~と思っていました。そんな太ちゃんに甘えてばかりいた小学四年のある日、太ちゃんはごく自然に、

「俺はね、足が悪いんだよね。あと約三年しか生きられないかも知れないって。言われたその日は泣いたよ。自分の気持ちが落ち着くまで、何時間かかったか分からないなぁ。でもね、よく考えたんだけど、後三年も生きられるんだと思ったよ。どうせ生きるなら人生楽しい方がいい。毎日を明るく笑顔で生きることにしたんだよ」

と言いました。その時の私には、

「生きられない」

という言葉を理解することができませんでした。だから、その後も太ちゃんと、いつもの通り遊ぶ自分がいました。

 その後、私の病気は一進一退で、入退院を繰り返していました。そして、小学四年の冬にやっと退院ができ、太ちゃんもその後退院し、アルバイトも始めたということでした。しかし、小学六年の冬、太ちゃんと信じられない再会を病院でしたのです。私は病気の再発による入院。太ちゃんは、なんと交通事故に遭って、かつぎ込まれたのでした。私の目に映ったのは、酸素マスクをして何本も点滴をされて苦しんでいる、太ちゃんの姿でした。いつも私が苦しい時に助けてくれた太ちゃんに、何もしてあげられない自分が悔しかったのですが、会うことさえできませんでした。とても心配しましたが、しばらくして面会が許されて会った時には、いつもの笑顔の太ちゃんがいました。もう私はそれだけでとても嬉しく、二月のバレンタインデーには、マフラーやクッキーをあげて、明るく入院生活を送っていました。それから小学校卒業の二日前、外泊することになり、太ちゃんに卒業のことなど話しに行って、外泊から帰ってきたら、一緒にゲームをしようと約束して別れたのです。太ちゃんは、笑顔で私を見送ってくれました。まさかこれが笑顔の太ちゃんを見た最後の姿になるとは、夢にも思っていませんでした。

 外泊した私は、卒業式に出席し、仲の良い友達と会食したりしてとても楽しい時を過ごしていましたが、太ちゃんはこの時には、もうこの世を旅立っていたのです。何も知らない私は病院に戻り、次の日、太ちゃんとの約束を果たそうと思っていましたが、どういう訳か両親は、太ちゃんの病室ではなく、家族が宿泊する施設に連れて行き、そこで予想もしなかった、

「太ちゃんの死」

を知らされました。しかし、私は太ちゃんの姿を見ていないので、誰のどんな言葉も信じませんでした。実感のない私は、ただ呆然とするだけで、いつものように一日を過ごしていました。

 その後、現実と悟らなければならなかったのは、太ちゃんの家の仏壇の前に座った時でした。とても辛くてどうにかなりそうでしたが、目の前には、ずっと会いたかった笑顔の太ちゃんがいました。涙が次から次に、溢れてきました。そんな私に太ちゃんのお母さんが、

「あの子はね、いつか自分が死んでしまうことを知っていたけれど、毎日笑顔で生きていたの。だから由莉ちゃん、あなたには太の分まで、毎日を笑顔で生きてほしい」

 その時、私の頭の中には、いつか太ちゃんが話してくれた時のことがよぎっていました。その日はとにかく泣いて、そして次の瞬間、初めて私が、

『太ちゃんの死』

を受け入れた時でした。

 太ちゃんとの別れから六年、今だに病気とつき合っています。そして今では車椅子のおかげで、高校にも三年間通うことができました。私には夢があります。それは、管理栄養士になることです。その夢実現のために今、一生懸命頑張っています。六年間、いろいろなことがありました。病気を笑われたこともありました。次から次に病気を併発し、病気を憎んだこともありました。でもその度に、乗り越えることができたのは、太ちゃんと太ちゃんのお母さんの言葉、

『毎日、明るく笑顔で生きる』

『太の分まで、毎日を笑顔で生きてほしい』

 私はこの言葉を決して忘れないで、毎日を精一杯明るく、笑顔で生きていきます。

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