第15回小諸・藤村文学賞 高校生の部最優秀賞

公開日 2013年12月02日

最終更新日 2013年12月02日

  高校生の部最優秀賞作品です。味わい深いものがあります。

 小諸・藤村文学賞へのあなたの応募をお待ちしています。


  薄明りの月

兵庫県三田市

石田夏月(いしだなつき)

晩秋のその日は、学校が早く終わったので珍しく早めの電車に乗って帰りました。駅を出ると、ちょうど黄昏時でしたので、妙にさみしい気分になってしまいました。きれいな空なのに、その日一日の疲れも相まってこんな気持ちになるのでしょうか。ああ、こういう時はさっさとおうちに帰ろう、と歩き出すと、ヒュッと風が吹き抜けていきました。外はこんなに寒かったのか、と思いましたが、制服のブレザーは衿が立てられません。肌寒いまま、横断歩道を渡りました。

見上げると、太陽はもう沈んでしまっているけれども、まだ空は明るい水色をしていました。東の方にはピンクの、西の方にはオレンジの雲が浮かんでいて、オレンジの雲は消えかけのろうそくのようでした。もうすぐ蒼くなるのだろうな、と思っているうちにも、空は薄紫色に染まっていきました。てくてくトボトボ十分くらい坂を下り、角を曲がると細い道になります。そこは家々に挟まれて、影になっていました。

暗い道を抜け、次の角を曲がった瞬間、視界が広がって明るくなりました。顔を上げると、パッと満月が目に入りました。空がまだ明るいからでしょう。透けるような白色で、銀箔を貼ったような、そんな雰囲気で薄紫の空に浮かんでいました。今日って満月だったのか。少し驚き、夕方に満月を見るのは初めてかもしれない、と嬉しくなりました。私は、しばらく寒い中見とれていました。やがて向こうから犬の散歩の人がやって来ましたので、私はまた歩き始めました。

歩き出したものの、そのままスタスタ家路を急ぐのはもったいないような名残り惜しいような気がしましたので、月を右手に見上げながら、ゆっくり歩くことにしました。屋根の後ろに隠れたりしながらも、私が歩くと月もついてきます。そういえば昔、教科書に同じような話が載っていました。

あれが載っていたのは、確か小学校1年の頃でした。あの頃、私は夏休みや冬休みなどの長期休暇には数週間、祖父母の家へ泊まりに行っていました。空想が大好きな幼い私にとって、そこはまるで異世界でした。地下道を通ってその街に入るのですが、その壁には大きな花が描かれていました。それを見た瞬間、毎回自分の中でスイッチが切り換わるような感覚を味わいました。道路沿いのジーンズショップの看板に描かれた変な男性も異世界の住人として映り、毎回興奮しました。最後に目に入るパチンコ店は、上から下までびっしりネオンがグラデーションになって光り続けて、まさに異世界の象徴と認識していました。

祖父母の広い家の中はもっと不思議な空間でした。大量の家具や使わなくなった物が置かれていて、迷路のようでした。トイレが3か所もあったり、どこに通じるのかわからない謎のドアや襖がいっぱいあったり、障子を開けると長らく誰も歩いていない廊下が続いていたり。ひっそりとした仏間には線香が立ちこめ、その霞んだ中に数本のろうそくの炎。いつも賑やかなたくさんの人がやってくることと言い、普段の私の生活とはまったく違う時間が流れていたように思います。そんな祖父母の家が、大好きでした。

成長するにつれて私も忙しくなり、祖父母の所へ遊びに行く回数・日数共に減りました。そして、行く度に、年々あることに気が付きました。昔感じた未知の世界へのわくわくする思い、異世界感が薄れていってるのです。壁の花を見ても何とも感じなくなり、あのパチンコ店は閉店して取り壊されてしまいました。背が伸びて、家の中も今まで程広く思わなくなりました。謎のドアは謎でなくなり、間取りも覚え、所在地も地図上で言えるようになりました。だんだん現実的になっていくのを自覚し、あんなに特別に感じた自分はどうしてしまったのだろう、と悲しく思いました。同時に、大人になったら、世界はもっと味気ないものに変わってしまいそうで、不安になりました。

しかし、こうして月を見ていると、世界は決して味気ないものではないということに気付かされました。確かに、私は現実的になったかもしれません。幼い頃のように、ただ空想の世界の住人でいることはできなくなりました。しかし、その分現実の世界にも美しさを見いだすようになりました。感受性が鈍らない限り、私の世界が急に貧しくなることはないのだと、そう感じました。

ゆっくり歩いたとは言え、普段でも一・二分の道程、いつの間にか家の門まで来ていました。短い時間のうちにも空は一段と濃い紫に変わっていて、満月の存在感も心なしか増したようでした。毎月でているはずなのに、その満月はその日一番心に残るものとなりました。

家に入ると、中はとても暖かくてほっとしました。そして、パソコンに向かっていて何も知らないであろう母に、何をするよりも先に「今日のお月様すっごくきれい」と、一声かけずにはいられませんでした。 

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