第15回小諸・藤村文学賞 一般の部最優秀賞

公開日 2013年12月02日

最終更新日 2013年12月02日

  一般の部最優秀賞作品です。味わい深いものがあります。

 小諸・藤村文学賞へのあなたの応募をお待ちしています。


  

老いて

長野県長野市

飯島 もとめ

部屋に入ったとき、ああ皮むきか、と納得した。干柿づくりの皮むきである。

こたつ板の上に新聞紙をいっぱいに広げ、その中央に七、八十箇ほどの柿が山になっている。これを囲むばあちゃんが八人、その中に男女二人ずつのスタッフが挟まっている。おぼつかない手に包丁を持たせるのは危ないので、手先のしっかりした二人だけに皮むきをたのむ。わたしも輪に加わって包丁を持った。皮をむくもの、柿の尻に残したT字形の細い枝をビニール紐に挟みこむもの、柿の山はぐんぐん小さくなっていく。

「明日、来ない? ねえ来てよ」

昨夜女性スタッフの丸さんからの電話にわたしはすぐイエスと答えた。彼女の素っ気ないことばの後ろに温情が見えるのだ。

ボランティアとして週に一度この宅老所「もなみ」に来るようになって八年という月日が流れた。介護師としての資格なし、加えて八十七歳という高齢。ボランティアするよりもされているのかも知れない。

そして今は、この宅老所への通所者と介護するスタッフに他に見つけることのできない魅力を感じている。その一人一人にじっくりと触れ、ことばを交わしたい、という一筋の思いだけでここにやって来る。そのことが老いの自分と社会とを繋ぐパイプになっている。みんなに触れたいという願いのために曜日を決めないで、今日伺います、との電話だけでやって来る勝手を許してもらっている。

さて柿むきも終りに近づいてくると、お互いの口がいっそう緩んでくる。

「ねえ横田さん(中年の女性スタッフ)はいつも黒い服だけど、どうしてかしら?」

わたしの中にあった疑問を言うと、スタッフの竹沢君は、思いがけない答えを返してよこした。

「鴉になりてえからさ」

彼の即答は、童話の世界から拾ってきたような楽しいことばであった。この一言はわたしの中にしっかり残っていてときどき胸の中をくすぐる。

こたつの上は片づいて立ち上がっていった人もあるのに、座ったままの佐藤君は、隣にいる文子さんを抱えこみ彼女の耳に口をくっつけて何か言っている。その文子さんが笑っていてわたしはおどろいた。もちろん声を出してはいないが細い目が確かに笑っている。

七十五歳という文子さんは、ものを言わない、歩けない、食事も介添えが必要、ベッドで眠るが、起きている時は目を閉じたままの無表情でソファーにかけている。その文子さんの笑った表情を見たのは初めて。佐藤君は何を言ったのだろう、という疑問が湧くのは当然。彼が廊下に出ていくのを待っていてその背に疑問を投げた。

「文子さんの入浴の時間になったんだよ。だから『文子さん、おれと一緒にお風呂に入るかい』って言ったんだよ」

彼はにやりとしてわたしを見た。

文子さんの中に、まだ、笑うという機能が残っていたのだ。わたしは彼女の表面だけ見ていたのだ。

九十二歳のみつ江さんの場合も同じだった。年から言っても文子さん以上の衰えがある筈である。二、三年前はわたしをおどろかすほど口が動いた。それがこの頃はすっかり消えてしまった。その口がよく動いた頃のことである。例によって特に遠いみつ江さんの耳に口を当てた佐藤君はまた何か言ったのだ。

「そんなこと言うもんでねえ」

大きい怒り声が返ってきた。わたしは黙っていられない。すぐ何を言ったの、と聞いた。ばあちゃん、美人だね、って言ったんだ。と彼はまたにやりとした。怒り声を出したみつ江ばあちゃんの心根はわたしによく分る。心の奥に彼のことばをしっかり受け止める機能が生きていたのだ。

小さく千切った色紙を、大きな模造紙に線描きした絵に貼る。これが終ると十一時から一時間の散歩である。

車イス二台を囲んでスタッフに手を引かれたじいちゃんばあちゃんが六人、一群は隣接の公園に向か向う。小学校のグラウンドの半分の広さの地面は、クローバの茂りに被いつくされている。その緑を削り取って西側に、滑り台、ブランコ、砂場がある。北側の道路沿いには、二メートル四方の木製の低い腰かけを置く東屋がある。じいちゃんばあちゃんはここにかけたままで小一時間を過す。青空をバックにしての若葉、青葉、そして紅葉を楽しむ。そして花どきには家族も集って、空を隠して枝を広げた桜花の下で宴となる。

ここには、ときどき乳母車を押したり幼児を連れた若い母親もやってくる。手を取りことばをかけ合ってひとときを過す。まさに、過ぎてきた道、やがてくる道と言える人と人との邂逅の場ともなる。

夏の季節になると、ときどき公園とは逆方向の裾花川の土手に行く。だらだらと長い列が暖い傾斜を登っていく。百メートルほどの川巾の上を渡ってくる風が快い。浅い川面につき出ている石とまがうばかりに小鴨が群れている。川向うの土手の彼方には長野市のビルの海が広がっている。ガードレール代りの低いコンクリート壁がずっと向うのあやとり橋まで続いている。その高さが胸までもあれば体をもたせて川面を眺められるが、こわごわ両手をついた曲った背で川を見下しているから、そのばあちゃんを腰かけさせ、自分も並んで腰をかけてその背をしっかり抱える。

上流になるすぐ左手には、新幹線、中央線、しなの鉄道の三線の通る鉄橋があり、轟音といっしょにひっきりなしに列車が通過する。

一群はまばらな長い列になって土手を下った。たまたまその先頭はあさばあちゃんとわたしであった。

「ずっと仲よくしてね」

わたしを見上げてあさばあちゃんがとつぜん言った。

ずっとずっとずっとね。骨ばった皺の手をしっかり握り返しながら、しわしわの顔の中の細い目をじっと見ているわたし。

九十一歳と八十七歳、仲よくする日はもう幾日あるだろうか。

散歩から戻るとテーブルにはおかずの入った小鉢と皿が並べられてあった。一番先に席についたあきえさんは、早速に箸を取って小鉢のポテトサラダを口に入れた。あきえさん、みんなと一緒にいただきますしてからね、とスタッフに戒められると、口を尖らせたあきえさんは明解答をした。

「食べやしないよ。なめただけだよ」

なんと可愛い反抗ではないか。わたしはあきえさんを抱き締めたくなった。

二十人ほどの和やかな食事が終ると三時までがお昼寝タイムである。こたつに足が出せるように細長い布団を敷いて厚い毛布をかける。はるよさんとみなさんがたまたま並んで眠ることになったこの前のこと。小柄なはるよさんは母心から、自分の体に余った厚い毛布を隣のみなさんにかけてやろうとした。ところが寝たままで手を動かすだけではとても無理なことである。そのことがかえって眠ろうとするみなさんの邪魔になる。手で払いのけるとまた毛布が被さってくる。はるよさんにはみなさんの気持ちが分らない。顔が見えないから。

毛布をかける、払いのける、まさにこぜりあいである。このこぜりあいの中にとつぜんに割って入ったのが丸さん。六十五歳という年から言っても六年めという年月から言っても、采配を奮わねばならない立場の丸田さん。横になってはるよさんを羽交い締めに抱えこんだ。口でわあわあ言っても何の抵抗にもならないし、抱きすくめられて悪い気もしない。まもなくこぜりあいは治まり安心の寝顔が二つ並んだ。

お早よう、と声をかけながら、三時には安眠の寝顔から遠慮なく毛布をめくりあげるスタッフ。時計は三時きっかりを示している。老人体操、ビニールボールの投げ合い、風船バレーと、いっとき休めた体力酷使の時となる。そしてわたしの演ずる紙芝居もその尻尾に加わることもときどきある。

病気のために遅くなった息子が結婚したとき、わたしのこぼれ落ちる喜びを、紙芝居ボランティアという籠に拾い集め、児童館、図書館に十数年(月一回)通った。そんな体験の上にいささかあぐらをかいて・・・・・・。

おやつの時間は三時四十分頃。甘いりんごの煮付けで熱いお茶を飲みながら、鴨居の上に並べて掲げてある写真を見る。二十センチ四方の額に入った顔写真は九枚で、いずれもここに通所の途中で旅だっていった人たち。その最初が通所者第一号であった夫である。認知症が高じて拠りどころがなくなったところでめぐり逢ったのがこの宅老所である。この畳敷の部屋で、ここの所長のモットーとする家庭の延長のような介護を受けて一年九ヶ月、その通所の途中で逝った。ぽっくりと安らかな死であった。若い頃、ピアノにのめりこんでいた人生を探り当ててもらい、ハーモニカを吹き、キーボードを鳴らし、家では望めなかった人生終末を輝いた夫だった。その後宅老所へ来いよ、との所長の一言が、わたしの人生の終りをふくらませた。

でもわたしにはためらいもあったが、試行的にこの宅老所にやって来た二回めで、わたしは簡単に決断した。ここでボランティアをしよう、と。

みんなと一緒にカレーの昼食を食べているとき、わたしと同年ぐらいのおじいちゃんが、隣にいたスタッフが電話で席を立った折に、スタッフの食べかけのカレーご飯を、自分のスプーンで三回盗んだのである。笑い続けるみんなの顔を、当のおじいちゃんは、何ごとぞ、何を笑っているのだ、という顔で見回していた。その顔が、なんとも好ましいものに見えた。飄逸(世の中のめんどうなことを気にしないで、のんきにしていること)の二文字が狂いもなく重なる顔だ。こんな楽しいおじいちゃんのやって来るこの宅老所にわたしは来る。絶対に来る。と決めたのである。

そして八年が終ろうとしている。

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